自然を感じられる小さな庭やキッチン……。初めてマギーズ東京を訪れた方は、「患者さんやそのご家族のための施設らしくない」内装や雰囲気に驚くこともしばしば。「第二の我が家」を目指すその空間は、施設名にも名を遺すマギー・K・ジェックスさんの「ある想い」がありました。
2016年秋、マギーズ東京は、半径数キロ圏内に5つのがん拠点病院がある江東区豊洲にオープンした、がん患者さんやそのご家族のための施設です。がんと向き合うすべての人が、とまどい、孤独なとき、気軽に訪れて話したり、また自分の力を取り戻せるサポートを受けることができる施設です。施設内では、がんの種類やステージ、治療に関係なく、がんを専門とする看護師や保健師、心理士、栄養士などによるさまざまな専門的な支援を無料で受けることができます。マギーズ東京への訪問は予約不要です。いつでも気軽に利用することができます。
マギーズセンターは、イギリス発祥の施設です。訪れる人々は、治療のことや日々のくらしのこと、家族のことや仕事のこと、また多くの医療情報の中から自分に合うものをどう見つけるかなどを気軽に相談できます。
施設名に名を残すマギー・K・ジェックスさんは、造園史研究の傍ら、自らも造園家として暮らしていました。そんなある日、乳がんが再発。「余命数カ月」と医師に告げられ、大きなショックを受けたそうです。「自分を取り戻すための空間やサポートを」と考えたマギーは、担当看護師のローラ・リー(現CEO)とともに、入院していたエジンバラの病院の敷地内にあった小屋を借りて、誰でも気軽に立ち寄れる空間を作りました。1995年、残念ながらマギーはその完成を見ることなく亡くなりましたが、その遺志は夫で建築評論家のチャールズ・ジェンクス氏に受け継がれ、1996年に「マギーズキャンサーケアリングセンター」としてオープンしました。マギーの想いは、イギリスの人々の心を動かし、同センターは、イギリス国内の約20カ所に開設されています。2013年には、香港センターがオープンしました。現在、全世界10カ所以上で、開設準備が進んでおり、日本では金沢や京都、広島で準備が進められています。
マギーの想いを受け継ぎ、日本では初となるマギーズ東京をオープンさせたのが、マギーズ東京共同代表理事の秋山正子さんと鈴木美穂さんのお二人です。訪問看護師として20年以上にわたり在宅医療にかかわってきた秋山さんには、肝臓がんで亡くなった二歳年上の姉がいました。自宅で過ごした終末期、辛い経験の中でも、姉が家族と過ごす時間があり、入院とは違う闘病生活が送れたことは、秋山さんのその後の人生に大きな影響を与えました。秋山さんは、訪問看護を続ける中で、患者さんが毎日の生活のちょっとした困りごとや病気についての悩みをざっくばらんに話す、あるいは相談できることが少ないことに胸を痛めていました。「患者さんは悶々とした想いを抱えたまま、残された時間を過ごしていく……。もっといきいきとした日常が送れる時間があったのではないか」と考えていた秋山さんに転機が訪れます。2008年に『国際がん看護セミナー』の演者の1人として参加した秋山さんは、そこでマギーズセンターの存在を知ることになります。白衣を着ない医療スタッフが友人のように寄り添い、患者さんをはじめとする訪問者が病院では話せなかった悩みを打ち明けることができる……「こんな施設を日本にも作りたい」と、秋山さんは、マギーズセンターをモデルにした『暮らしの保健室』を立ち上げました。その後も「日本にもマギーズセンターを」と仲間を増やす活動を続けられてきました。
鈴木さんは、日本テレビの報道局の記者として活躍していた、24歳のときに乳がんを発症。手術、抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン治療と、あらゆる治療を受ける中で、家族や友達に囲まれていても消えない不安から「うつ状態」でがんと闘っていたそうです。「“ひとりじゃない”と思えることがどれだけ心強いか。一番苦しかった頃の自分と同じような状況にある人に、あの時に必要とした情報や居場所を届けたい」というその想いから、職場復帰後に若年性がん患者の想いを伝えるフリーペーパーや、闘病中でも安心して参加できるヨガ教室などを提供する団体を立ち上げました。こうした活動を続ける中、2014年3月にウィーンで行われた国際会議『IEEPO』でマギーズセンターの存在を知り、日本でのマギーズ開設を目指して活動を続けてきた秋山さんと意気投合します。
日本でのマギーズセンター開設プロジェクトはこうして始まりました。
マギーズ東京は、すべて寄附で運営されていますが、クラウドファンディングで目標を700万円に設定して建設費用などを募ると、わずか2カ月で約2,200万円を突破。最終的には7,000万円以上の寄付金が集まりました。また、イベントなどを通じてかかわったボランティアも延べ3,000人以上。支援の輪は日本国内でも大きく広がっています。
「マギーズ東京のオープンに際しては、周辺の病院に勤務する看護師、特にがんの専門看護師などに声をかけました。徐々に病院からご紹介いただいた患者さんが訪れてくださるようになり、加えて、鈴木さんが発信した記事や、facebookなどのSNSやホームページ、ブログなどを通じて比較的年代の若い患者さんたちも多く訪れてくれています。多くの新聞や雑誌、TV、ラジオにも取り上げていただいたことから、訪問を希望している方もいらっしゃいます。」(秋山さん)
現在、日本では2人に1人ががんと診断され、がんとともに生きる時代になっています。がんと告げられたショックで自分を見失ってしまうことも少なくないでしょう。マギーズ東京は、自分を取り戻せる第二の我が家。がんと診断され、「これからどうやって家族に話したらいいか」、「家族をがんで失くしてこれからどう生きていったらいいのか」、「会社の同僚や友人ががんになったときにどう接するのがいいのか」。
そんな時、マギーズ東京では、治療のことだけでなく、不安をやわらげるカウンセリングや、食事・運動の指導を受けることができます。また、仕事や子育て、助成金や医療制度の活用についても相談することができます。
がんを疑がわれたとき、診断結果を知ったとき、治療中、さらに治療が終わった後でも、マギーズ東京でお茶を飲み、本を手に取ってくつろぐことができます。
自分の力を取り戻せる場所が豊洲にあります。それがマギーズ東京です。
秋山正子 (あきやま まさこ)
マギーズ東京共同代表 理事
オープンから半年で約4,000人の訪問者を数えたマギーズ東京。日々、どのような方々が訪れ、訪れる方はどのような悩みを抱えているのでしょうか。そこには「意外な答え」がありました。
「少ない日でも1日約20人、1月に約500~600人がマギーズ東京を訪れます。患者さん本人だけではなく、ご家族や友人、さらにはケアマネジャーさんなどが訪れています。あるケアマネジャーさんは、“自分の担当の方が、がんと診断され、どうしたらいいのか”と悩んで来られました。マギーズ東京への訪問目的は、むしろ定まってなくていいのです。“何かモヤモヤしている”、“手術と言われたけど、嫌だな”など、問題や悩みに対してフォーカスが当たってなくてもいいのです。“何とも言えないモヤモヤした状態で気持ちが落ちつかない”という方にこそ来ていただきたいのです」(秋山さん)
「治療後お薬をずっと飲み続けなければならないことに対して“薬は害にならないだろうか”と心配される方、初期の段階で見つかって“治りますよ”と主治医に言われたものの、本人にとっては大きなことで、“そのショックを誰もわかってくれない”、という方が来られました。甲状腺がんもそうですが、多くのがん患者さんは、それまで何も症状がなかったのに突然“がんです”と宣告されるわけです。治療中に、大きなキズや脱毛などの副作用がなければ、見た目も変わりません。“普通”に見えることはいいことでもあるのですが、がんと宣告される前と後では人生が大きく変わります。その悩みや苦しみ、努力していることを聞いてもらいたいという方は少なくありません。」(秋山さん)
「子育てはもちろんのこと、ご自身のご両親と義理のご両親の介護の間で板挟みになっている方もいらっしゃいます。子育てと介護で多忙な毎日を送る中で、がんと診断されたら、子育ても介護もこれまで通りには行かないこともあります。治療中は疲れやすくなったり、副作用なども含めて様々なことが起こるのに、周囲からは“元気そうに見える”となかなか理解してもらえず、精神的に大きな負担を抱えている方もいらっしゃいました。」(秋山さん)
マギーズ東京の目指す姿は、「がん患者さんやその周囲の人を優しく抱きしめてくれる居心地のいい空間」です。事実、約4人に1人の患者さんが、リピーターとしてマギーズ東京を訪問しています。
「最初の訪問では時間をかけてゆっくりと相談される方が多いのですが、訪問が2回目、3回目となると、“今日は受診の帰りに寄ったんだけど”、“今日は、ちょっと読みたい文献、本があるから、ここでお茶を飲みながらゆっくりして帰る”など、利用の仕方がカジュアルになっています。訪問者自身のペースで自分の力を取り戻して、前を向いていく、マギーズ東京はそんな空間を目指しています。」(秋山さん)
マギーズセンターでの過ごし方に制限はありません。マギーズセンターを病院と自宅の間にある「第二の我が家」としたい。それがマギーの、そしてマギーズセンターの想いです。
「マギーズ東京は、私たち看護師だけでなく心理士、曜日によって栄養士も常駐しています。予約は必要なく、無料で専門スタッフが訪問者の話に耳を傾けることがこの施設の特徴です。どんな悩みでもいいのです。話をしなくてもいい。“第二の我が家”のように寛いでいただきたい思います。」(秋山さん)
秋山正子 (あきやま まさこ)
マギーズ東京共同代表 理事
多くの患者さんやそのご家族など「がんと向き合うすべての人」が訪れるマギーズ東京。マギーズ東京の「これから」について伺うと、がんとともに生きる人々の「これから」がみえてきました。
「私たちの当初の計画では、1年間に1,000人、1月に約100人の訪問者を見込んでいましたが、現在、それを優に超える方が訪れてくださっています。近年の急速ながん医療の発展の中で、治療が順当に進んでいくためにも、心理的、社会的な相談に乗ることができる場所が求められていると実感しています。もっと多くの方にマギーズ東京を知っていただき、がんと向き合う方々のニーズに応えていく必要があると思っています。豊洲では2020年までの契約ですが、継続できる形を探っていきたいと思います。また、がん患者さんは東京だけに集中しているわけではありませんから、全国のがん患者さんのためにも、病院以外での相談・支援の場を広げていく活動もしていきたいと思っています。」(秋山さん)
がんの“治療以外の負担”はますます大きくなってきています。また、“早期発見、早期診断”とよく言われていますが、早期に診断されるほど、その後の治療や経過は長くなり、患者さんが悩む期間も長くなります。
「これまでがんは“死に直結する病気”というイメージがありましたが、現在、10年生存率は上昇しています。つまり、がんとともに生きることを余儀なくされます。必然的に患者さんやそのご家族の悩みも深くなってくるのだと思います。
治療が終わるまでは無我夢中だったけれども、集中的な治療が終り、経過をみていく段階になったときに、不安を抱く方も少なくありません。というのも治療中は毎週のように通院するからこそ、ちょっとしたことでも聞ける環境にあるのです。ところが、治療を終えた後、患者さんたちの多くは、どこへどう向かったらいいか、示してくれる地図がありません。“また再発するのではないか”“今やっていることはこれでいいのか”など、診療予約を取るほどの悩みではないけれど、“話を聞いてもらいたい”、“確認したい”、“同じような境遇の方と話をしてみたい”と思っている患者さんは多いのです。また、就労も大きな問題です。治療中、治療後も鬱々と悩んだ結果、休職、辞職ということになるよりも、元気を取り戻して前向きに生きるために、マギーズ東京を利用してもらえたらと思います。企業側も、貴重な人材を失う前に、がんになった従業員に“マギーズ東京に行ってみたら?”と、治療と同様に休暇として認めてくれるように、そして日本全国でこのようなことが可能な時代が来ることを願っています。」(秋山さん)
「友達や、病院で知り合った方と一緒に訪問する。また“今日は久しぶりに外来に行ったら深刻なことを言われて落ち込んだ”といったときに訪問する。マギーズ東京は、日々の小さなことを気軽に話せる場所、同じ悩みで悩んでいる人と出会える場所、いつも話を聞いてくれる人に出会える場所、今後もそんな場所でありたいと思っています。
本館とアネックス館の木造平屋2棟からなるマギーズ東京は、明るく開放感があり、木肌を感じられる温かみのある空間です。木をふんだんに使った室内では、小さな個室や、大きな一枚板のテーブルが設置されています。さらに近代日本のデザイナーである柳宗理のランプシェードが飾られているなど、随所に工夫が施されています。大きな窓からは自然光が差し込み、緑豊かな庭を眺めることもできます。
甲状腺がんは、女性に比較的多いがん種です。もちろん病院でも話を聞いてもらえると思いますが、場所が変わり、雰囲気が変わると、また違った意味合いがあると思います。ぜひマギーズ東京を利用していただければと思います。」
秋山正子 (あきやま まさこ)
マギーズ東京共同代表 理事
マギーズ東京